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2017年8月15日 (第132号)

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随筆

ツレヅレグラス

魔女裁判

 犯罪か?言論の自由か?自殺教唆・幇助罪がないマサチューセッツ

 携帯テキストで男友達の自殺を助けたら「殺人」で有罪

 大半の記事は、できるだけ不偏不党で客観的な事実を書くように心がけていますが、時に気軽に主観を込めて随筆風に書きたくなる話題があります。そんな時は、いつものです調からだ調に文体を変えて書くようにしました。今回お伝えするテキストメッセージ殺人事件は、精神的に不安定な若者たちの心の病理に鈍感な大人たちが、スキャンダラスな興味で少女を陥れた冤罪だと憤りを覚えています。


 日本でも冤罪事件は起きるので大口は叩けないが、アメリカの裁判には計算できない怖さがある。法や判例を知らない陪審員のせいだと思っていたが、今度の裁判で被告側は陪審員裁判を辞退し、プロフェッショナルな判事の判断に委ねたのが、結果的に裏目に出た。3年前の夏、携帯のテキストメッセージでボーイフレンドに自殺を勧めたミシェル・カーター(20歳)は、殺人罪で15ヶ月の禁固の判決を受けて控訴中だ。

 この夏のワイドショーの話題を独占したスキャンダルの一つである。確定判決が出ていないせいかメディアの報道は比較的控えめだが、法解釈の逸脱や言論の自由の侵害を理由にニューヨークタイムズのように社説で判決を非難している報道機関もある。

===== 言葉は殺せるか? =====

 下の動画は、ABCのニュース番組20/20のCan Words Kill?と題した報道特集だ。

 日本には、自殺教唆罪や自殺幇助罪がある…自殺教唆は自殺の決意を抱かせる事によって人を自殺させる行為で、自殺幇助は自殺のための道具や場所、知識などを提供する行為だ。しかし、この事件の舞台となったマサチューセッツ州に自殺関与の罪はない。だから、一足飛びに殺人の罪が争われた。

 2014年7月12日に自殺したコンラッド・ロイ(当時18歳)は、2014年6月に、マサチューセッツ南部で人口6千人の小村マタポイセッツの高校を卒業した。古くは捕鯨で栄えた時代もあったが、今は住民の大半がニューベッドフォードやプロビデンス、ボストンなど付近の大都会に通勤している。コンラッドは奨学金で大学に進学することもできたが、家業のタグボートの船長になる道を選んだ。

 成績優秀でスポーツも万能だったが、もともと社交不安障害の傾向があった。2011年に両親が離婚して以来はうつ病に悩み、17歳の時には鎮痛剤の過量摂取で自殺を図ったが、その時は電話で話を聞いていた女友達が警察に通報し事なきを得ている。

 今回の裁判沙汰になった自殺の経緯もよく似ている。Kマートの駐車場に車を止め、ディーゼル発電機で一酸化炭素を発生させたが、怖くなって車外に出てミシェルに電話した。しかし、ミシェルは前の女友達のように自殺を止めてくれない。それどころか、最後までやり遂げるよう励まされた(かもしれない)。

 ミシェルとは、2012年にお互いのフロリダ家族旅行で知り合った。ミシェルのホームタウンのプレインビルはわずか50kmの目と鼻の先だったが、その後は1~2回会ったきりで、電話とテキストメッセージだけの付き合いを続けていた。

 コンラッドはロミオとジュリエットのように…とミシェルに心中を持ちかけて、きっぱり断られている。ミシェル自身も拒食症やうつ病に悩み服薬していたが、テキストメッセージでコンラッドを励まし、事件の2~3週間前までは、自殺を思いとどまらせようとしていた。

 しかし、コンラッドの相談に乗り、自殺するなら一酸化炭素中毒がいいと勧めたのはミシェルだった。迷いが生じると遺族の心は一時的に傷つくが時とともに癒されると慰め、まだやらないの?(Have you done it yet?)と、さっさと早く死ぬよう催促したのも事実だ。

===== 殺人の動機 =====

 判事が裁判で殺人と判断した決め手は、コンラッドが自殺をためらい車外に出た際に、ミシェルがコンラッドの家族にも警察にも連絡せず、コンラッドに車に戻るよう勧めた点である。いかなる命も見殺しにしてはならないないという判事の信念に基づくものらしいが、凶器がテキストではなく二人が最後に交わした46分の会話の中にあったというなら、被害者致命傷を与えた凶器の言葉は発見されていない。

 最も有力な証拠は、事件の2ヶ月後にミシェルが友人のサマンサ宛に送った次のテキストメッセージだ。

Sam his death is my fault like honestly I could have stopped him I was on the phone with him and he got out of the car because it was working and he got scared and I f---ing told him to get back in ...(サマンサ、彼が死んだのは私のせいなの。正直なところというか、私は止めることができたかも。電話で話をしていて、発電機が動いてて、彼は怖くなって車から降りて、私は、何てこった、車内に戻るように言って…)

 私の知人に、ちょっとした留守の間に病床の奥さんに先立たれ私が殺したと遺書を残し自殺を試みた人がいたが、ましてやミシェルはうつ病で服薬治療を受けていた思春期の少女である。現在進行形で自殺決行中の男友達と肉声で話し、冷徹に車に戻れと命令したわけでもあるまい。2ヶ月の間に警察の取調べを受けたり、裁判を待つ身でディズニーワールドに遊びに行ったことをコンラッドの家族に非難されたりして、事件直後より自責の念が増していたかもしれない。そのテキストメッセージを、言葉通りに理解するのは馬鹿げている。

 何よりミシェルには殺人の動機がない。ミシェルの罪名は「謀殺(Murder)」ではなく、「故殺=一時の激情による殺人(Manslaughter)」だが、検察のいうように、ミシェルが目立ちたがりで、コンラッドの死で周囲の同情を集めるのが動機だったなら、殺人とは程遠い漠然とした願いで、一時の激情ではない。

===== 現代の魔女裁判 =====

 当時のミシェルは17歳だったが、重罪を理由に年少者裁判所から普通の裁判所に送致された。弁護人は、検察にコンラッドの母親の従兄弟がいることから検察チームの更迭を申請したが、裁判所は却下した。動画で見れば一目瞭然だが、検察はミシェルを冷酷な魔女のように憎々しげにあしらっている。

 ミシェル側は、公判で服用薬が精神に作用しミシェルは正常な判断を欠いていたと弁護したが、検察の証人は薬の安全性を主張した。薬の副作用以前に、うつ病の少女がうつ病の少年の自殺の相談に乗り、毎日のようにメッセージをやり取りしても、なお正常な精神状態を続けられるのか否かが争点にされるべきではなかったか。皆さんはご自身の思春期を振り返り、後悔するほどつらい言葉を友人にぶつけたことはなかったか。

 アメリカ自由人権協会(ACLU)のマサチューセッツ州支部は、次のような声明を出した。

Mr. Roy’s death is a terrible tragedy, but it is not a reason to stretch the boundaries of our criminal laws or abandon the protections of our constitution, (コンラッドの死は実につらい悲劇だ。だが、刑法がカバーする範囲を拡大解釈したり、憲法の人権擁護条項=言論の自由をないがしろにしたりする理由にはならない)

The implications of this conviction go far beyond the tragic circumstances of Mr. Roy’s death. If allowed to stand, Ms. Carter’s conviction could chill important and worthwhile end-of-life discussions between loved ones across the Commonwealth. (今回の有罪判決の意味は、コンラッド事件を越えて世の中に行き過ぎた影響を与える。このままでは、人生の終焉を迎えた人が愛する人々と交わす、かけがえのない最期の歓談が、マサチューセッツ州中で凍り付いてしまうだろう。)

 ミシェルを慕っていたコンラッドが、幸せに死んだか後悔しながら死んだかは誰にも分からない。遺族がミシェルの非を咎めるなら、それより先にコンラッドが自殺を考え始めた原因が両親の離婚にないか明らかにされなければいけない。また、ミシェルは、むしろ毎日のように自殺の相談をして来て精神を動揺させたコンラッドのストーカー被害を訴えるべきだ。

 故殺の最高刑は懲役20年だったが、判事は量刑を禁固15ヶ月と5年の保護観察に減刑し、さらに刑の執行開始を控訴裁の判決確定まで延期する決定をした。アメリカの控訴審は下級裁判所の判決に影響されないそうだから、意地悪く考えれば判事は当たり障りのない判決を下しただけかもしれない。

 コンラッドの母親は、一審判決の後、ミシェルを相手に430万ドルの慰謝料を請求する民事訴訟を提起した。ミシェルは短い実刑で済んでも息子を失った自分たちは終身刑だと言ったそうだが、ニューヨークタイムズの社説は、ミシェルに凶暴な言葉があったことを認めた上で、有罪は凶暴で不当な判決だと結んでいる。