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ワシントンDCの水道水鉛害事件

★7戸に1戸の水道が鉛管 3戸に2戸の水に鉛 ★不適切な浄水処理剤 ★全米の他の都市でも鉛汚染が発覚


 2004年にワシントンポスト紙が、アメリカの首都ワシントンDCで水道水が高濃度の鉛汚染により危険な状況にあると報道したのがきっかけで、全米の至る所で水質汚染の隠蔽疑惑が問われる騒ぎになりました。

===== ≪ 7戸に1戸の水道は鉛管 ≫ =====

富裕層が多く住む地域 貧困層が多く住む地域

 ワシントンDCは、独立戦争(1775∼83年)後まもない1790年に連邦政府の首都として、隣接するバージニア・メリーランド両州から土地を譲渡されて設けられた特別区(District )です。東京の山手線内が2つ入り少し余るくらいの広さで、DC水道局は都心の政府や民間施設のほか約60万人の住民に水道水を供給していました。

 詳しくは別の記事で説明しますが、一般的に水道水の鉛汚染は、水道本管から各家庭に配水される給水管と屋内の水道設備に鉛管や鉛成分を含む器具が使われていることが原因で起きます。鉛製水道管の新設は1986年を限りに禁止されましたが、歴史あるワシントンDCの住宅地には、7戸に1戸の割合で鉛製水道管が残っていました。

 DC水道局は既に2001年の時点で、水道水の鉛汚染の事実に気づいていました。抽出検査で、半数以上の家庭の水道水からEPA(環境保護庁)の対策レベルを超える鉛分が検出されていたからです。対策基準レベルとは、直ちに事実を公表し改善策を実行しなければならない濃度で、1991年に15ppb(10億分の15)と定められていました。

===== ≪ 3戸に2戸の水に鉛 ≫ =====

 その翌年の秋に、比較的高所得者が住む北西部の住民のひとりが、念のために民間の研究所に水質検査を依頼したところ、水道水から対策レベルの18倍の鉛分(しばらく水を流してから採取したサンプルからも6倍)の鉛分が検出されます。当時はまだ深刻には受け止められませんでしたが、地元紙の報道で、初めて水道水の鉛汚染が公になりました。DC水道局は管内に残る2万3千本の鉛製水道管を年に7%の割合で交換する計画を発表する一方、わずか1年で鉛汚染が劇的に悪化した原因を究明するために、EPA(環境保護庁)経由でバージニア工科大学のエドワーズ教授(水道工学)に調査を委託しました。

 まもなく教授は、1軒の家で対策レベル15ppbの83倍に当たる1250ppb超の濃度の鉛汚染を検出して驚きます。私費を投じて研究室の学生を雇い、6118戸を対象に大がかりな調査を実施したところ、3戸に2戸の水道水から対策レベルを超える鉛分が検出されました。鉛製水道管の家は7軒に1軒ですから、鉛管を使っていない家も含め、危機的な水道水汚染がDC全域で進んでいたということです。中でも2287戸では50ppb、157戸では300ppbを超える鉛分が検出されています(後には6000ppbのケースも見つかりました)。

 鉛汚染は、特に幼児や妊婦には有害です。ところが、DC水道局は利用者に対し、法に定められた警告をせず漠然とした注意喚起でお茶を濁していました。それどころか、DC水道局の上司に繰返し諫言していた水質管理担当者は解雇され、2004年1月には教授も、EPA(環境保護庁)経由の委託契約を解除されてしまいます。

===== ≪ 不適切な浄水処理剤 ≫ =====

 しかし、その月の末にワシントンポスト紙が鉛汚染の実態を1面のトップ記事で詳しく伝え、事態は突然動き出しました。DC水道局は急いで公園の噴水を止め、浄水フィルター3万本を住民に無料配布、さらに無料で住民の血液検査を実施します。下院の公聴会で教授が証言し、鉛汚染の原因は2000年3月に浄水場の殺菌剤を切り替えたことが、非鉛管も含む水道管や接続器具の急速な腐食を招いたものと特定されました。当時まで使っていた塩素(次亜塩素酸ナトリウム等)には、発ガン物質を生成するおそれがあると指摘されていたのです。そこで代わりに採用したクロラミン(次亜塩素酸とアンモニアの反応による化合物)に、別の重大な問題があることは見逃されてしまいました。

 試験的に旧殺菌剤に戻してみると水道水の鉛分濃度は一気に下がり、教授の説は立証されました。この間、連邦政府のCDC(疾病管理予防センター)が、瑕疵のある血液データをもとに、幼児への鉛害の影響は軽微と報告していたことも判明し、EPA(環境保護庁)とともに当局の管理責任が問われています。

 ワシントンDCでは、2004年8月から原水にオルトリン酸を加える方法で浄水場の殺菌工程を改善し、翌年には取敢えず90年代の水質に戻ったことが確認されました。オルトリン酸はコスト的に割高なために、2000年には採用を躊躇した添加物です。その後DC水道局は2010年までに9千7百万ドルを投入し、2万3千本の鉛製水道管のうち1万7千本を非鉛管に付け替えましたが、うち1万5千本については一部交換…水道本管からメーターまでの配管の交換で、メーターから屋内に至る配管は私有地で各家庭の責任で交換することになっています。

 2017年には、水質がEPA(環境保護庁)の基準値を下回るまでに改善したと公表しました。インタラクティブマップ(対話型の地図)で、1戸ごとの水道管の交換状況を確認できるようにもなっています。

===== ≪ 全米の他の都市でも鉛汚染が発覚 ≫ =====

 2004年10月に、ワシントンポスト紙が再び1面のトップに衝撃的な記事を掲載しました。全米で水道局や水道会社の違反隠蔽行為が横行していて、実は2000∼04年の間に274社の管内で危険レベルの鉛汚染が見つかっているというスクープで、ボストン、デトロイト、ニューヨーク、フィラデルフィア、ランシング(ミシガン州の州都)、リッジウッド(ニュージャージー州)、プロビデンス(ロードアイランド州の州都)、シアトル、ポートランドなどの大都市やベッドタウンも含まれており、中には学校の水道が汚染されているかもしれないというのです。

 さらに2005年3月には、EPA(環境保護庁)が2003∼2005年の期間の調査結果を発表し、ワシントンDCのほかに全米で、セントポール(ミネソタ州)、ポートセントルーシー(フロリダ州)と、前出のリッジウッド(ニュージャージー州)の水道水に問題があることが確認されました。

 その後、水道事業者の管理・監督の強化により大半の都市の水道水は、EPA(環境保護庁)が定める指定する有害物質を基準値以内に収めるようになってきました。しかし、基準値以内なら安全かどうかといえば議論の分かれるところで、またEPA(環境保護庁)の指定外の有害物質もあり、水の安全については単純に白か黒かで決められない難しさがあります。

 皆さんがお住まいの街の水道水は安全でしょうか?全米の鉛汚染の現状や各地の水道水の安全性については、別の記事で詳しくごご説明しています。