アメリカの 「社会と歴史」・e-ガイド(印刷ページ

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アメリカの右翼思想

★アメリカ世論の2極化 ★ティーパーティと反権力 ★キリスト教原理主義(反中絶・反同性愛)

★ネオナチ(白人至上主義) ★リバタリアン(自由至上主義)


アメリカ世論の2極化


 2009年1月にオバマ政権が誕生して間もない5月にカンザスシテイーで妊娠中絶を手がける医師が射殺され、6月に首都ワシントンのホロコースト(ユダヤ人大虐殺)博物館が襲われ若い黒人の守衛さんが撃たれて亡くなりました。

 いずれの事件も、右翼的な個人が引き起こしたテロでした。リーマンショック後の不況下で、黒人初の大統領が誕生したのですから、ぶっそうな事件が続いたのも不思議ではありません。

 2010年の中間選挙では、「ティーパーティ」と名乗る右翼草の根運動が支持する共和党議員が多数当選し、「ティーパーティ」に牛耳られた共和党が非妥協的になったために議会が機能しなくなりました。

 2012年の選挙ではオバマ大統領が再選されましたが、下院では共和党が過半数を取った結果、議会のねじれ状態が続き、アメリカ経済の命運がかかる「財政の崖」の解決策についても議論が進みません。

 アメリカの世論が、白人とマイノリティ、都市と農村に二分される傾向が強まっています。


ティーパーティと反権力


 ティーパーティ本来の目的は、連邦政府に財政を健全化させて税を軽くすることです。しかし、本国の徴税に抗議するボストン・ティーパーティ(茶会)事件を機に、13植民地が結束して対英独立戦争に進んで行ったように、ティーパーティのメッセージは、現政権の税制に抗議するだけではなく、広く反権力的なアメリカ人の大衆心理をつかんでいます。

 ボストン茶会事件は、日本ではあまり知られていませんが、1773年に愛国派の一団が港に停泊中の船を襲い、新規の税が課されたイギリスの茶を「ボストン港をティーポットにする」と叫んで、海に投げ捨てた事件です。

 右翼思想の中で、最もティーパーティに近いのはリバタリアン(Libertarian)と呼ばれる自由至上主義。政府が個人の自由を保障するリベラリズム(自由主義)とは違い、政府の徴税に反対し、銃の保有をはじめ、政府が個人の自由な行為に介入することを全て拒否する人々です。

 オバマ政権が誕生して最も面白くないのは、白人至上主義のネオナチの人々でしょう。キリスト教原理主義の人々は、神様や聖書に書かれている事柄以外に権威を認めませんから、反権力では共通しています。ただ、純粋なリバタリアンは、キリスト教原理主義者が憎む妊娠中絶や同性愛者を容認していますから、本来は相容れない思想です。


キリスト教原理主義…反妊娠中絶・反同性愛者


アトランタのオリンピック公園

 全米中絶医連合会(National Abortion Federation=NAF)によれば、1994〜2008年の15年間に中絶医や関係者に対するテロ行為の数は、殺人6件、同未遂14件、爆破・放火75件、同未遂35件に上るのだそうです。

 ニューヨークやカリフォルニアなど人口が多い州でも中絶医療をするクリニックの数が20に満たないことを考えると、関係者が極めて高い危険にさらされていることがお分かりでしょう。いやがらせや脅迫行為は、もちろん日常茶飯事です。

 冒頭でご紹介した事件でカンザスで殺された医師は、妊娠中絶医療の先駆者で、ねらわれていました。1985年にはクリニックを爆破され、1993年にも一度射殺されそうになったそうです。普段はガードマンに警護を頼んでいましたが、教会で案内役を務めている隙を襲われてしまいました。

 テロの矛先は、しばしば同性愛者にも向けられます。1996年にアトランタで起きたオリンピック公園爆破事件の犯人は、容疑が他人に向けられている間に、大胆にもアトランタとアラバマのバーミングハムで、妊娠中絶クリニック2件とレスビアンバー1件の爆破しました。

 反妊娠中絶過激派としては「Army of God(神の軍隊)」というグループの名が知られています。 


ネオナチ…白人至上主義


ホロコースト博物館

 保守派といえば、常識的にはイスラエルびいきと考えがちですが、極右の白人至上主義まで行くと反ユダヤ主義=ネオナチの世界です。冒頭のもう一つの事件でホロコースト博物館を襲った犯人は、1981年に連邦準備銀行(FRB)に侵入…理事を人質に立てこもろうとして捕らえられた前科がありました。当時の高金利と不況を連邦準備銀行を牛耳るユダヤ人のせいにしたようです。

1928年に行進するKKK

 根っからのネオナチで、自らのホームページでユダヤ人抹殺論を展開していました。アメリカ政府がホロコーストを否定する博物館を建てるなど犯人には許せない出来事だったに違いありません。ホームページでは反黒人の主張もしていました。

 白いシーツをかぶり十字架に火を点けて儀式を行う無気味なKKK(クー・クラックス・クラン)という組織はご存知ですか?日本では黒人のリンチ事件で知られていますが、実は、反黒人ばかりか、反ユダヤ、反カトリック、反労働組合の団体でした。ピーク時にはメンバー6百万人の大組織でしたが、1920年代後半に幹部のスキャンダルで自壊し、一挙に衰退しました。

 ただし、人種差別主義者にとっては未だに求心力のある旗印で、KKKの後身を名乗る団体が南部や中西部を中心に各地で多数活動していますから、油断はできません。


リバタリアン…自由至上主義


 次は極めてアメリカ的な、反権力、反連邦、反グローバリズムの右翼…銃の保有は自衛権を保障するもので、民兵運動と称し戦闘訓練を行うグループも多数あります。

 この右翼の存在は、1995年の4月19日に起きたオクラホマシティの連邦政府ビル爆破事件でクローズアップされました。犯人の元陸軍兵士は、前年と前々年に起きた2つの事件を連邦政府が無垢の人々を虐殺した行為と見て、連邦警察組織が多数入居しているビルに報復テロを仕掛けたのです。

 一つめは1992年。「世界の終末」を生き延びようとアイダホ州ルビーリッジの山中でひっそりと暮らしていた一家と、連邦政府当局の間で誤解が重なって銃撃戦が起き、息子や妻と乳児が射殺されてしまいました。

 二つめは1993年。テキサス州ウェイコ付近で、「最終戦争(ハルマゲドン)」に備えて武器を蓄えていたカルト教団を連邦政府当局が武器隠匿の疑いでを包囲したところ、建物から火の手が上がり、多数の幼児を含む76人が自決してしまいました。


 オリンピック公園爆破犯は反中絶・反同性愛のキリスト教原理主義者でしたが、公園爆破の直接の動機は反「グローバル社会主義」でした。右翼テロ犯の心には、反中絶や反同性愛から人種差別や反政府まで思想の垣根は特にないのかもしれません。

 黒人や左翼系過激派の活動は、80年代以降、終息しているようです。国家安全省がほかにマークしている組織といえば、右なのか左なのか何ともいえませんが、動物愛護の過激派「動物解放戦線(ALF=Animal Liberation Front)」という団体があるそうです。