中央がペリー総督

 日本には、太平洋戦争(第二次世界大戦)に負け、6年9ヶ月にわたるアメリカ(GHQ)の占領統治を受けた歴史がありますが、1853年のペリー来航から160年の日米のお付き合いの中で、日米関係が険悪だったのは第一次大戦後の世界不況からほんの20年の間だけです。アメリカと日本の歴史年表を二つ並べてみると、意外によく似た両国の関係が見えてきます。

 ヨーロッパ諸国が現在のアメリカに植民地を建設するようになったのは、日本で戦国時代が終わり江戸幕府が始まった頃です。それから250年=日本が(鎖国で)太平の世を謳歌している間、アメリカには、大西洋を越えて移民が次々とやって来て、領土は西へ西へと広がっていきました。

 歴史を表面的に読むと、アメリカ本土は、ヨーロッパ諸国やメキシコから戦争の賠償で獲得したり購入したり合法的に拡大してきたようにも思えますが、その裏には、インディアンの遊牧地を奪い食料のバッファローを駆逐し尽くした歴史が隠れています。


日米新興帝国主義国の協調


 いわゆる西部劇は、南北戦争の後、大陸横断鉄道が開通してアメリカの産業が大発展した時代の物語です。1890年にほぼ300年続いたインディアンの抵抗が終わり、同じ年に国勢調査局の地図からフロンティア(=辺境)ラインが消滅したと記録されています。本土にフロンティアがなくなると、アメリカは急いで帝国主義国家に仲間入りします。わずか8年後の1898年には、ハワイを併合し米西戦争に勝ってカリブ海諸国やフィリピンへの権益を伸ばしていったのですから、詰まるところ、アメリカも同じ穴のムジナでした。

アメリカ 日本
1492 コロンブスアメリカ大陸発見
1513 ポンセ・デ・レオン(西)フロリダ発見
1565 フロリダにスペイン植民地
1598 サンタフェにスペイン植民地
1604 フランスがカナダに入植開始
1607 バージニア植民地創設
1620 ニューイングランド植民地創設
1673 マルケット(仏)らミシシッピー探検
1682 ラサール(仏)ミシシッピー河口到達
1689 ウィリアム王戦争(97)
1702 アン女王戦争(13)
1744 ジョージ王戦争(48)
1755 フレンチインディアン戦争 (63)
1776 独立戦争(83)
1803 ルイジアナ購入
1812 米英戦争(15)
1823 モンロー宣言
1838 インディアンの強制移住(涙の旅路)
1845 テキサス併合
1861 南北戦争(〜65)
1869 大陸横断鉄道開通
1882 中国人排斥法
1890 ウーンデッドニーの虐殺
1898 ハワイ併合、米西戦争
1908 T型フォード発売
1917 第一次大戦参戦、禁酒法
1921 緊急移民制限法
1929 大恐慌
1933 ニューディール政策
1941 第二次大戦(45)
1950 朝鮮戦争(53)
1955 アラバマ・バスボイコット運動
1962 キューバ危機
1965 ベトナム戦争(75)
1971 ニクソン・ショック
1985 プラザ合意
1991 湾岸戦争
2001 同時多発テロ事件
2003 イラク戦争
1467 応仁の乱(77)
1543 鉄砲伝来
1560 桶狭間の戦い
1600 関ヶ原の戦い
1603 徳川家康が江戸開府
1615 大阪冬の陣
1633 鎖国令
1637 島原の乱(38)
1651 由比正雪の乱
1687 生類憐みの令
1703 赤穂浪士の討ち入り
1716 享保の改革(45)
1767 田沼時代(87)
1782 天明の大飢饉(88)
1787 寛政の改革(93)
1804 化政文化(23)
1825 外国船打ち払い令
1833 天保の大飢饉(39)
1841 天保の改革(43)
1853 ペリー来航
1868 明治維新
1877 西南戦争
1894 日清戦争(〜95)
1904 日露戦争(〜05)
1910 日韓併合
1918 米騒動
1923 関東大震災
1927 昭和金融恐慌
1931 満州事変
1941 真珠湾攻撃
1951 サンフランシスコ講和条約
1960 日米安保条約
1964 東京オリンピック
1970 大阪万博
1972 沖縄返還
1986 バブル景気(〜91)
1989 平成改元
2001 小泉内閣(〜06)
2003 郵政民営化スタート

アメリカ・カナダ・メキシコ領土の変遷(1750〜)

アメリカ (テキサス 南部連合) メキシコ カナダ

イギリス フランス スペイン ロシア

 ペリーが日本に来航したのは、それにさかのぼること45年です。危ない帝国主義諸国とのお付き合いが比較的純真なアメリカを相手に始まったのは日本にとってラッキーでした。

 そもそも、幕末の動乱時といえば、南北戦争の真っ只中、アメリカは日本の内戦に介入する余裕もありませんでした。1871年(明治4年)…双方のゴタゴタが片づいて、新政府の岩倉使節団がアメリカを訪問します。そして、日米の本格的な修好が始まりました。

 明治時代には、新興帝国主義国同士、お互いの利害が共通するところがあったのでしょう。日米の友好関係が目立ちます。日本は、アメリカの調停を頼って日露戦争に勝つことができました。セオドア・ルーズベルト大統領は、その功績を讃えられ、創設されて間もないノーベル平和賞を受賞したのだそうです。


対立の20年


 それが大正に入って少し微妙に変化します。1918年には、ロシアの革命政府に干渉して日米が共同でシベリア出兵しますが、日本軍の積極的な増派がアメリカに疑惑と警戒心を植えつけてしまいました。

 そして対立が顕在化したのが昭和期の20年。世界恐慌が起きてからのことです。アメリカの方は、フランクリン・ルーズベルト大統領が現れて、内需拡大のニューディール政策で未曾有の危機を乗り越えられたからよかったのですが…。


挫折体験のないアメリカ


 あらためて年表をお確かめください。建国期を除けば、(かすり傷まで数えても)アメリカが自国領内で外国の攻撃を受けたのは、1941年12月7日の日本軍(真珠湾攻撃)と2001年9月11日のアルカイダ(同時多発テロ)の2回しかないはずです。言い換えれば、アメリカには敵国に蹂躙された挫折体験がありません。ブッシュ政権が国際社会のアドバイスを聞かずにイラク戦争を始めてしまったのも、アメリカに西部劇のヒーロー的正義感が蔓延していたせいでしょう。