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2016年2月15日 (第116号)

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GM発祥の地ミシガン州フリントで大公害…連邦緊急事態宣言

 高濃度の鉛分とレジオネラ菌で水道水が飲めない

 先月は、親が金持ちで甘やかされて育った少年が飲酒運転で4人ひき殺した末に温情判決を受けたものの、執行猶予期間中に酒を飲んだことがネット上でばれて母親とメキシコに逃れたというアメリカらしい情けないスキャンダルをご紹介しました。今月は残念ながら、アメリカらしくない情けないスキャンダルをお伝えしなければなりません。このような機会を通じ、良いことでも悪いことでも、皆さんにできるだけアメリカの真の姿を見ていただければ幸いです。

 アメ車トップメーカーGM(ゼネラルモーターズ)発祥の地ミシガン州フリントで、2014年(一昨年)4月から安全と偽って、汚染されて危険な水道水が家庭に供給されていました。関係者は事実を隠蔽し続けましたが、昨年11月の選挙で替わった新市長が州政府や連邦政府に直接働きかけ、今や全米が注目する大事件に発展しました。1月16日にはオバマ大統領が非常事態を宣言し、国土安全保障省のFEMA(緊急事態管理庁)が直々に住民の救済に乗り出しています(写真…雪の中を無料で支給されるボトルウォーターを持ち帰る子供たち)。

 水俣病にしてもイタイイタイ病にしても、水にかかわる公害といえば一般に、川や海に流れ込んだ工場や鉱山の排水で汚染された井戸水や、魚や農作物を飲んだり食べたりして起きる間接被害を思い浮かべます。しかし、今回は住民が直接口にする水道水に高濃度の鉛分やレジオネラ菌が含まれていたのですから、常軌を逸しています。しかも、行政が住民の健康をないがしろにして失政を隠蔽しようと画策していたのですから、言語両断で犯罪のそしりを免れません。

===== ≪ フリント川の予備水源 ≫ =====

 フリントはデトロイトから北西に約100km、車で1時間の場所にあります。GMが8万人の工員を雇用していた1960年代には人口20万人でミシガン州第2位の都市でしたが、日米自動車摩擦の80年代以降没落の一途をたどり、今や10万人を切る貧しい市になってしまいました。

 2008年のリーマンショック以降ミシガン州では財政破たんする市が相次ぎましたが、フリントも2011年に新任の州知事が任命した州の管財人の下で財政再建を図ることになります。その目玉が、上水道の水源の切替プロジェクトでした。

 それまでフリントは50年にわたりデトロイトから水を買っていました。しかし、大半の工場が閉鎖し人口も減った今、ヒューロン湖から独自に水を引く方が安上がりだと試算したからです。

 長年の顧客を失うデトロイトは計画に猛反対しましたが、フリントは全く聞く耳を持ちません。フリントの言い分は「デトロイト水道局の1割の水を買うのに2割の金を払っている」で、デトロイトの言い分は「フリントの給水管は古く水の4割が漏れ出て失われている」…ケンカ別れの末に、以前の給水契約は2014年4月に打ち切られてしまいました。

 総額3億ドルの新パイプライン建設プロジェクト(下の動画)は前年の2013年12月に始まっていましたが、完成は30ヶ月後の2016年(今年)6月の予定。そこで浄水場を改良し、しばらくフリント川の予備水源を飲用に使おうとしたのが、大惨事の発端でした。

===== ≪ 大腸菌とトリハロメタン ≫ =====

 住民は異変にすぐ気づきました。無色で無味無臭のはずの水道水がオレンジ色ににごり、異臭がして変な味がします。洗顔したら目が焼け、入浴したら皮膚に発疹ができます。しかし、市長はテレビ出演して水道水を飲んでみせ、ツイッターにも書き込んで住民に安全性をアピールしました。

 2014年8月に基準を超える大腸菌が検出されると、市は住民に「水道水は煮沸して飲むよう」勧告する一方で、浄水場の殺菌工程で塩素の注入量を増やしました。その結果、塩素の副産物で発がん性のあるトリハロメタンの含有量が増えた可能性があります。

 10月には「車が腐食する」のでGM工場がフリントの水道水の使用を取り止めました。

 翌2015年(昨年)1月には、デトロイト水道局が好条件で再利用を呼びかけましたが、フリントは「住民の健康に切迫した脅威はない…騒ぎは説明不足によるもの」として断ります。

 3月にはフリントの市議会が、トリハロメタンの基準違反を理由にデトロイト水道局の再利用を決議しましたが、州の管財人は「フリントの水道水は安全」と断言して許可しませんでした。

===== ≪ 高濃度の鉛分 ≫ =====

 フリントに最初の水道設備ができたのは1917年…実に99年前のことですが、今も大半の家庭向け給水管は当時のままで、安上がりで加工しやすい鉛が使用されています。

 2015年(昨年)8月までに第三者の複数調査でフリントの水には高濃度の鉛分が含まれていることが判明し、9月には子供たちの血中鉛分濃度も急上昇していたことが分かりました。それでも市は、データを偽った報告を州に提出し、行政ミスの隠蔽を図りました。

 鉛分濃度の低減は全米の他の都市にも世界的にも共通の課題ですが、フリントの場合は、浄水場の殺菌工程で鉛対策に有効な化学成分オルトリン酸の添加を怠り、過剰な塩素を投入して老化した鉛管の腐食が一気に進んだものと考えられています。

 10月には、デトロイト水道局の水が再供給され殺菌工程にオルトリン酸が添加されるようになりましたが、安全な水道水に戻るまで半年かかると予想されています。

 11月の市長選挙の争点は、住民の健康(水道水の安全性)と市の財政でした。当選した新市長は、ただちに非常事態を宣言しました。

 2016年1月(先月)には、州政府と連邦政府の非常事態宣言も相次いで得て現在に至っています。住民は前市長や州知事を含む地方官僚に対して訴訟を起こし、FBIも刑事事件として捜査を始めました。鉛毒で治療が必要な子供たちの数は6~12千人で、後遺症として知能低下や神経障害が懸念されています。連邦政府は8千万ドルの緊急対策費を用立てましたが、水道設備の更新などを合わせて復旧には天文学的な費用がかかりそうです。

===== ≪ レジオネラ菌 ≫ =====

 同じく2016年1月(先月)には、フリント川の水源が飲用に使われ始めてから住民87名がレジオネラ症にかかり、うち10名が死亡していたことが判明しました。レジオネラ症は劇症肺炎を起こすこともあるレジオネラ菌感染症の総称で、日本では入浴設備や集合住宅の給水設備などのぬめりが主な感染源です。

 レジオネラ菌は水辺や土壌の中にいくらでもいます。普通は浄水場のろ過工程で微生物によって分解され除去されてしまうのですが、フリントでは浄水場で塩素を過剰に投入して、レジオネラ菌を分解する大切な微生物を殺してしまったのでしょう。皮肉なことにレジオネラ菌は塩素に対して滅法強く、化学的な殺菌工程を生き延びてしまったものに違いありません。