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2019年1月15日 (第145号)

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世 相

事 件

 首都で起きた高校生と先住民の小トラブルで、米世論が二極化

 周囲の人々を威圧するトランプ選挙キャンペーンの帽子

 世界中で誰もが、フェイクニュースやネット上の誹謗中傷に脅かされる時代になってきてしまいましたが、今回ご紹介するのは、首都ワシントンに上京した高校生がトランプ大統領の選挙キャンペーン帽をかぶっていたことからトラブルに巻き込まれ、さらに全米のメディアやネット民から人種差別主義者と決めつけられて、一時は退学の瀬戸際に追い込まれたという異常な事件です。

 背景には、トランプ大統領が米国民を敵と味方に色分けしてしまう政治手法と、自ら率先してネット上のモラルを下げてきた事情があります。


1分動画で人種差別主義者と決めつけられた高校生


 1月18日に首都ワシントンのリンカーン記念堂の前で、イベント帰りでバスを待つケンタッキーのカトリック系男子高校の一行に、別のイベント先住民行進に参加していたインディアンの先住民運動家らが太鼓を叩きながら近寄り、にらみ合いが起きました。しかし、一行の中でリーダー格の少年が無言で長老に対峙し、流血は避けられました。

 ところが、事件の全体像を誤解させかねない1分動画が一夜のうちにインターネットで拡散。高校生は仲間を扇動して先住民を嘲笑う薄情な人種差別主義者と決めつけられ、全米のメディアやリベラルなセレブらを含むネット民から袋叩きに遭ったのです。翌19日には、ケンタッキー州の州務長官もフェイスブックで参戦して高校生と家族や学校関係者を非難、味方のはずの学校や運営母体の教会までが動画を信じ、共同声明で先住民運動家のネイサン・フィリップスに謝罪し、退学を含め高校生の処分を検討すると約束するほど事態は早く進展。高校生一家と学校には脅迫行為が相次ぎ、学校は休校に追い込まれました。

 ⇒ 【映像】先住民をあざける米高校生ら 監督教区と学校が連名で謝罪 1/21 AP (Yahooニュース)

 ⇒ 「これがトランプのアメリカ」 クリス・エヴァンス、アリッサ・ミラノらが問題行動を非難 (ムビコレNEWS)


長時間動画で事件の全体像が判明…高校生側の反撃


 しかし、20日頃から事件の関連動画の投稿が増えるにつれ、誰にでも前後1~2時間の状況が、次第に正確に分かるようになってきます。フィリップスと対峙したリーダー格の高校生ニック・サンドマン少年は、動画に映った状況を弁明し一連の誤解を正す声明を発表しました。

 ⇒ 先住民男性と対峙した高校生が声明、「誤情報正したい」 1/22 CNN (Yahooニュース)

 メディアは、連日のようにフィリップスとサンドマン少年にインタビューして真相の解明に努めましたが、日に日にフィリップスの主張の根拠は苦しくなり、反対にサンドマン少年は(まるで弁護士のアドバイスを受けているように)スキのない良い子の発言をしているように見えました。 

1/20 Washington Post 1/21 CBS This Morning 1/23 NBC Today Show

 25日に高校を運営する教区の司教は、サンドマン少年に早まった声明により痛めつけ威圧した私たちを許すことはできないと謝罪し、一週間ぶりに少年ら高校生一行の名誉は回復されました。サンドマン少年の両親は名誉棄損の訴訟を準備中との報道もあります。


真相…帽子が引き金?挑発したのは先住民側?


 最初に事件の全体像を誤解させた1分動画は、フィリップスと同じイベントに参加していたグァムの先住民でコロンビア大学に留学中の女性が撮り、18日の午後7時半に発信したものでした。

 Guam resident's video captures tension after DC march (1/21 The Guam Daily Post)

MAGA Hat

  それによれば、トランプ大統領が当選後も繰り返し叫んでいる選挙スローガンMake America Great Againを記したキャンペーン帽をかぶった多数の高校生の集団が、先住民活動家を取り囲み、Build the WallとかTrump2020とか威圧的に繰り返しはやし立てたというのです…キャンペーン帽は事実ですが、その後のメディアの調査でも、壁の建設やトランプ再選を支持する言葉を叫んだという事実は確認できません。

 最初の動画は、ツイッターで2020fightと名乗る人物がコピーし、トランプのキャンペーン帽をかぶった負け犬が、先住民行進に参加したインディアン活動家に楽しそうに嫌がらせの題名で再発信され、21日までに250万人が閲覧しました(2020fightのアカウントは、その後規約違反により閉鎖)。別の2番目の動画はユーチューブに投稿され、19日の午前中までに200万人、24日までに450万人が閲覧しています。

 続く多数の動画の投稿でにらみ合い前の様子が分かるにつれ、事件の全体像が次第に明らかになっていきますが、そもそもは高校生らがバス待ちで集合した際に、リンカーン記念堂前に*黒人のヘイト団体4~5人が陣取り、通りすがりの人々を誰彼かまわず口汚くののしり喧嘩を吹っかけていたのが発端です。

*類似団体が数多く存在するが、総称で黒いユダヤ人(Black Hebrew Israelites)と呼ばれる宗教団体。旧約聖書のヤコブは黒人で、自分たちは古代ユダヤ人の血を引く者だと主張している。同人種の黒人も含め、白人のみならず全ての異教徒に対し排他的。

 高校生一行はヘイト団体に怯えいらだちましたが、引率者の許可を得た上で、ラグビーなどのスポーツで士気を高めるために踊るニュージーランドのマオリ族の戦士由来の踊り(マオリハカ)を踊ったりして、ヘイト団体の挑発を無視し助け合って平静を保とうとしていました。そこへフィリップスらが後から登場し、太鼓を叩いて高校生一行に向かい真っすぐ進んできた様子が、後から投稿された動画には明瞭に映っています。

 先住民行進の最終目的地はリンカーン記念堂でしたが、高校生らは参詣者や観光客の邪魔にならないよう広場の隅に集まっていて、フィリップスらの行方をふさいでいたわけではありません。後にフィリップスは、黒人のヘイト団体が多数の高校生らに襲われそうになっていたので、仲裁に入ったと説明していますが、威嚇され怯えていたのは明らかに高校生一行の側で、サンドマン少年はフィリップスらが何の目的で歩み寄って来たのか理解できなかったと説明しています。


先住民運動とトランプ大統領


 果たして今回の事件は、フィリップスら先住民活動家が衝動的に起こしたものか、故意が含まれていたのかは分かりませんが、Make America Great Againの選挙キャンペーンの帽子をかぶっていた高校生一行が、トランプ大統領の親衛隊のように見え、それだけでフィリップスらの怒りを誘ったと見ても不思議でありません。それほど今のアメリカでは、トランプ派 vs.反トランプ派の社会分断が進んでいます。念のため一つ付け加えれば、マオリハカの踊りが、先住民の皆さんを不快にさせるものだったかもしれません。

 今回の先住民行進のイベントでは、トランプ大統領のメキシコ国境の壁建設に反対することもテーマの一つでした。最初の動画を投稿したイベント参加者がBuild the Wallのはやし声を繰り返し聞いたと主張したのも、虚言か妄想かは別として、それと無関係ではないでしょう。

 そもそも先住民行進の最大の目的は、スー族居留区の聖地をかすめ南北ダコタからイリノイに至る石油パイプラインに反対することです。このパイプラインの計画は2014年に発表されましたが、スー族が水源として使うオアへ湖の地下を通すルートについて水質汚染の懸念から反対運動が起こり、いったんはオバマ政権下で計画の見直しが決まりました。

 しかし、(当選後に株を手離したものの)石油パイプライン会社の元株主で、選挙資金の寄付を受けていたトランプ大統領が、就任後に計画を原案通りで承認し、パイプラインは2017年に完成し稼働を開始してしまいました。トランプ大統領は先住民行進に参加した約1万人の先住民や支援者の仇敵なのです。

解説…ダコタアクセスパイプライン反対運動 (Voxニュースサイト)


カトリック教会とトランプ大統領


 サンドマン少年らが通うカトリック系男子高校は、オハイオ川を挟んでオハイオ州シンシナティの対岸のケンタッキー州コビントンにあります。付近には、ダーウィンの進化論を否定し、恐竜と人間が同時代に生きていたはずと説明する博物館やノアの方舟パークなど、聖書を100%信じるキリスト教福音派の娯楽施設があり、極めて保守的な地域ですが、コビントンそのものは歴史も古くドイツ系移民が開いたカトリック教会の多い街です。

Covington, Kentucky

Creation Museum

Ark Encounter

 さて、大雑把に言ってしまえば、カトリックはプロテスタント主流派とともに世界宗教主義(エキュメニズム)に基づきイスラム教徒との平和共存を願っていますが、一方、トランプ大統領を支持するプロテスタント福音派は、聖書によればエルサレムはユダヤ人のものだと主張しイスラム教徒との対立を避けようとしません。しかし、今回コビントン・カトリック校の高校生が参加したイベントは、女性の中絶選択権(プロチョイス)より胎児の生命尊重(プロライフ)を尊ぶ中絶反対派の集会で、その点に限ればカトリックと福音派は同じ立場でした。

 そこで、サンドマン少年らが、本当にトランプ支持者で人種差別主義者かという素朴な疑問がわき起こるわけですが、イベント会場で配られた帽子を少年らが(深く考えずに)もらってかぶっていた可能性も否定できず、帽子だけを理由にトランプ支持だとは決めつけられません。ただ、今回の些細な事件が全米で大問題に発展した経緯を見ると、反トランプ派のアメリカ人の目には、トランプ大統領の選挙キャンペーン帽が、まるでナチ親衛隊の制服のように、かぶるだけで威圧的で攻撃的に映るようになってきているのでしょう。

 動画でサンドマン少年の微笑みを見た人々が、単純に表情から少年の人種差別意識を読み取ったのも、もっともです。しかし、仮に人種差別意識があったとしても少年の心中の出来事に証拠はなく、フィリップスらが高校生一行に近づかなければ起きなかった事件ですから、不当な非難をしたとしかいいようがありません。

 コビントンのカトリック教会が、事情を十分確認せずに早まって自校の生徒を非難したのは、そこに福音派にすり寄るトランプ大統領への強い反感があったからでしょう。たかが帽子とはいえ、大統領が背後にキャンペーン帽の人々を従えて演説する映像を繰り返し見ているうちに、反トランプの人々には帽子に自動的に敵意を抱く条件反射が擦り込まれてしまいます。怖いことです。

 同様にケンタッキー州の州務長官が早まって高校生の家族や学校関係者を非難したのも、長官が民主党員でトランプ大統領をおとしめる政治的理由があったからでしょう。ちなみにケンタッキーの州民は都市部を除いて極めて保守的で、大統領選挙や連邦政府の上下院選挙では共和党が優勢ですが、州政府の選挙では今でも保守・リベラル逆転前の古い民主党員の系譜を継ぐ政治家が支持されており、しかもケンタッキー東部では民主党のジョンソン大統領が始めたアパラチアの貧困解消政策が支持されているのです。


メディアとトランプ大統領


 話は飛びますが、最近は2020年の大統領選挙に向け、民主党から立候補する動きが活発化してきています。そのうちの一人エリザベス・ウォーレン上院議員が、かつてインディアンの血を引くと経歴を述べたことから、トランプ大統領からしつこくからかわれ続けているのをご存じですか?

 今回の事件直前の1月13日にも、ウォーレン議員が自宅のキッチンでご主人と映った動画を公開したところ、トランプ大統領に、

If Elizabeth Warren, often referred to by me as Pocahontas, did this commercial from Bighorn or Wounded Knee instead of her kitchen, with her husband dressed in full Indian garb, it would have been a smash! (エリザベス・ウォーレン…僕はいつもポカホンタスと呼んでいるんだけどね。このCMはキッチンで撮るより旦那にインディアンの正装をさせて、ビッグホーンかウーンデッドニーで撮ったら大受けしたのにな!)

と、冷かされてしまいました。

 しかし、ポカホンタスはディズニーのアニメ映画で日本人にも知られるようになったインディアンの娘の名で許容範囲としても、ビッグホーンはカスター将軍率いる騎兵隊がインディアンに敗れて全滅したリトルビッグホーンの戦場、ウーンデッドニーは年寄りや女子供を含むスー族300人を騎兵隊が虐殺した現場で、決してジョークに使ってはいけない追悼の地です。


 上記のトランプ大統領のツイートをご紹介したのは、ワシントンポストの論説委員が今回の事件のきっかけになった先住民行進意義をたたえる記事の中で、ケンタッキーの高校生と上記ツイートを結びつけるような記述をしたとお伝えしたかったからです(⇒記事はこちら)。1877年創刊で米メディアの良識を支えてきた新聞でさえ、トランプ大統領のキャンペーン帽をかぶった人々を見て、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い型のヒステリックな記事を書くようになってしまいました。ケンタッキーは保守的な地域だから少年らもトランプ支持者に違いないと決めつけたのでしょうが、ワシントンポストらしからぬ残念な対応です。

 ツイッターで、コメディアンで女優のキャシー・グリフィンは、シュートが決まり指でOKサインをして喜ぶコビントン・カトリック校のバスケットボール・チームの写真を載せ、(トランプ大統領が好むサインなので)新しいナチの指サインと茶化しました(⇒関連記事はこちら)。

 ハリウッド俳優のジム・キャリーはコビントン・カトリック校の高校生をベビー・スネークス(赤ちゃんヘビ)と風刺する漫画を投稿しました(⇒関連記事はこちら)。キャシー・グリフィンはまもなく投稿を削除しましたが、ジム・キャリーのように削除せず高校生らを人種差別主義者と疑い続けている人々もいます。

 誰もが、トランプ大統領のモラルのレベルに合わせて、SNSでののしり合う時代になってしまいました。おかげで、当のトランプ大統領から、

Covington students have become symbols of Fake News and how evil it can be. (コビントンの高校生はフェイクニュースの象徴となった。何と忌まわしいことだろう)

と、ツイートされる皮肉な羽目になってしまいました。