マダニ(チック)が媒介する風土病 ★全米で1年に4万人が被害 ★ライム病ほかボレリア感染症 ★ロッキー山紅班熱ほかリケッチア感染症 ★野兎(やと)病 ★噛みついたら3~4日離れない ★虫除けスプレーの選び方 ★できるだけ早く洗い落とす ★特にマダニ対策 広いアメリカ…ヘビやクマ、ワニ、サメなどの野生動物に襲われるこわ〜い場所もありますが、ことによると、皆さんのお住まいの庭や身近に立ち寄る場所にも風土病のワナが潜んでいるかもしれません。こわがりすぎてはいけませんが、まず予防方法や救急手段を一通り勉強⇒その上で、庭仕事や野外レジャーを思う存分楽しんでください。 全米で1年に4万人が被害 「運悪く木の下を通りかかると、チックという虫が降ってきて身体の中にもぐり込み心臓を食い破られて死ぬことがあるから気をつけなさいよ」…渡米したばかりの人に針小棒大な話をしてこわがらせる人がいますが、この話も全くのホラではありません。チックとはマダニ(tick)のことで、北米にはマダニが媒介するこわい病気が数多くあります。
日本でマダニ感染症(カッコ内はおよその年間発生件数)というと、ツツガムシ病(400)や日本紅斑熱(180)、重症熱性血小板減少症候群(60)、ライム病(10)で、全て合わせても年に600~700件程度ですから、全米ではその60~70倍の人が被害に遭っていることになります。
上の地図を一見すると、マダニ感染症のリスクは一部地域に限られているようですが、発生件数は人口密度や住環境に大きく関係します。北東部や五大湖西部・アッパーサウス(南部の北部)などの流行地域でなくても、森林やヤブや草むらなどマダニが生息しやすい場所に出かける際には、細心の注意が必要です。 敢えてリスクがない地域を挙げれば、アラスカと米国境地帯を除くカナダ及び、マダニはいるが今のところ感染症の報告はないハワイだけです。 ライム病ほかボレリア感染症
取敢えず、患者数でマダニ感染症の3/4を占めるライム病についてご案内します。 1975年にコネチカット州のオールドライム(Old Lyme)で確認されたライム病は、アメリカ北東部で多発する「風土病」で、日本人駐在員も多いニューヨーク市周辺の住宅地でも恐れられています。イヌにも感染しますから、散歩に連れ出す際には気をつけてください。 感染源はクロアシマダニ(Blacklegged Tick)というマダニです。マダニはクモやダニの仲間で八本足ですが、屋内で繁殖するダニ(0.2~1mm)に比べ大型(1.5~3mm)で固い身体をしています。
ライム病患者が増えるのはクロアシマダニの吸血活動が盛んな5月から7月。マダニは一度噛みついたら、3~4日は離れません。24時間以内にマダニを除去すれば発症しないと言われていますが、この頃のマダニは体長1~2mmで、吸血中は分泌物が痛みやかゆみの感覚を抑制するので、噛まれたことに気づくのは残念ながら被害者のわずか2割です。
マダニに刺されて翌日から1ヶ月の間に、約8割の被害者にライム病特有の遊走性紅班(牛眼紅班)が現れます。死亡率が低いのは不幸中の幸いですが、菌が全身に拡がるに従い発熱や倦怠感、筋肉痛、関節痛などが起き、発症者の15%が神経障害を起こし8%が心筋障害を起こします。早期治療で抗生物質の投与をしないと、重い後遺症が残る怖い病気です。(⇒詳しくは「メルクマニュアル日本語版」)
上の地図では視認できませんが、西海岸のカリフォルニアでもサンフランシスコ・ベイエリアを中心に年に80人程度がライム病を発症しています。病原体は大型細菌(スピロヘータ)のボレリア(Borrelia)で、東部では主にシロアシネズミ(White- footed Mouse)、西部ではセイブハイイロリス(Western Grey Squirrel)が宿主と疑われています。 ボレリアの仲間が引き起こす病気には、ライム病とよく似た牛眼紅斑が現れる南部マダニ発疹病(Southern Tick-Associated Rash Illness)があります。幸いなことに、関節炎や神経障害など深刻な症状は出ません。 媒介役のマダニは、州旗にローンスター(一つ星)を掲げるテキサスにも生息し、背中の白斑を一つ星に見立ててローンスターマダニと呼ばれていますが、実は米国東半部の広い地域に分布しています。このマダニに噛まれると「肉アレルギー」になるおそれがあるそうですから、ボレリア感染リスクともどもご留意ください。 マダニ回帰熱(Tick-borne Relapsing Fever)は、西部14州の海抜500m以上の地域でリスクの高いボレリアによる感染症で、複数種類のマダニにより媒介されます。 ロッキー山紅班熱ほかリケッチア感染症
ライム病と並んで有名なロッキー山紅班熱は1896年にアイダホ州で発見されました。当初はロッキー山脈をはじめとする西部山岳地帯の風土病と考えられていましたが、実はオクラホマからバージニアまで南部諸州に発生例が多い病気でした。 病気を媒介するマダニは大きく分けて2種類。アラスカを除く全州に生息するイヌダニ(Dog Tick)と、西部山岳地帯の海抜1200m以上の高地に巣食うロッキー山モリダニ(Rocky Mountain Wood Tick)です。若ダニのサイズはクロアシマダニと同じ1.5mm程度ですが、成ダニは一~二回り大きく5mm以上になります。 病原体は小型細菌(リケッチア)の、斑点熱リケッチア(Rickettsia richettsii)で、末梢血管の内皮細胞内で増殖。血栓が血管をふさぎ、皮膚に特徴的な発疹が出て高熱が何日も続きます。突然の重い頭痛や悪寒、虚脱、筋肉痛に始まり、次第に中枢神経ほか諸臓器に炎症を来し、中には心停止により死亡する激症例もある怖い病気です。(⇒詳しくは「メルクマニュアル日本語版」)
日本ではイヌの病気として知られるアナプラズマ症とエーリキア症やバべシア症の病原体もリケッチアで、北米ではヒトにも感染します。症状は、大雑把にはロッキー山紅班熱に似ているといえましょう。 ロッキー山モリダニは、ウイルス性のコロラドマダニ熱(Colorado Tick Fever)も媒介します。 野兎(やと)病
野兎病は、1911年にカリフォルニアのツラリ郡で、ウサギやリス、ネズミなどげっ歯類の動物の病気として発見され、英語名ツラレミア(Tularemia)と命名されました。流行時には、小動物の大量死が起きることもあります。 ヒトは、マダニのほかアブに媒介されて感染するほか、病気の動物に直接触れたり、汚染された水の摂取や粉塵の吸入により感染するおそれあります。他のマダニ感染症に比べ発生例は少ないのですが、北米の野兎病は死亡率が高く、菌(Francisella tularensis)が生物兵器として使われるリスクさえ取り沙汰されています。 波状熱、頭痛、悪寒、吐き気、嘔吐、衰弱、化膿や潰瘍が主要症状ですが、他の病気と誤診され適切な治療が遅れてしまうケースがあります。また、他のマダニ感染症と同時感染することもあります。 日頃の心構えとして、一般的なマダニ対策のほかに、芝刈り機に小動物の死骸を巻き込まないとか当たり前の衛生観念が助けになります。皆さんも、マスクをして芝を刈る業者を見かけたことはありませんか?ハイキングで生水は沸かしてから飲むこと、ハンティングした動物の肉は必ずよく焼いて食べることが大事です。 噛みついたら3~4日離れない マダニはアラスカを除く全米に生息しています。マダニ感染症の発生率に、なぜ地域差があるかといえば、流行地域には病原の細菌や原虫を体内で増殖させる小動物がいて、固有のマダニとの間に感染サイクルができているからです。 ライム病の場合は、親から病原を受け継ぎません(ロッキー山紅班熱は引き継ぐ)。卵から孵化した時点では陰性ですが、マダニ感染症は人獣共通感染症で、たまたま病原を宿した小動物を吸血したマダニが、さらにヒトやイヌを吸血した場合に大事件になります。 マダニは一度噛みついたら3~4日は離れないと書きましたが、それには理由があります。下の図をごらんください。典型的なマダニのライフサイクルは2年です。春に卵から孵化して幼ダニとなり、翌春に脱皮して若ダニとなり、秋に脱皮して成ダニとなり、交尾しメスは産卵して一生を終えますが、その間、吸血は各成長段階で1回ずつ…計3回しか食事しないのです。 つまり、1回目の吸血は幼ダニから若ダニに成長するための食事で、ネズミやリスや鳥などの小動物に噛みつき、この時に病原を取得します。体重が数十倍から100倍になるまで、扁平な体を風船のようにパンパンに膨らませて吸血すると自重で落下し、地中で越冬します。2回目の吸血は若ダニから成ダニに成長するための食事で、シカなど大型の動物に噛みつきます。ヒトやイヌが被害に遭うのは、主にこの時期です。
マダニの口にはノコギリザメの鼻先に似た吸血用の針があり、これを刺すと簡単にははがせません。マダニが皮膚に取りつき、血を吸って醜く膨れ上がっている姿を見ると、誰でも驚いてふり払いたくなりますが、これは最悪の対応です。 できるだけ焦らず、右の図のように先の細いピンセットで頭部をつかみ、ひねらずにまっすぐ上に持ち上げましょう(⇒動画)。マダニをつぶしたり、胴と頭を切り離したりすると、感染症の症状を悪化させるおそれがあります。頭部まで確実に除去するには皮膚科のお医者さんに頼んだ方がよいのですが、自分で早く取り除いた方が症状は軽く済みます。 マダニは二酸化炭素の呼気を察知し、歩行中にヒトやイヌに取りつきます。 吸血した若虫は秋にまた脱皮して成ダニとなり、メスは大型の動物に噛みついて吸血しオスと交尾します。この季節にヒトが被害に遭うことは、比較的少ないようです。その後、メスは数千個の卵を産み、オスもメスも一生を終えます。 虫除けスプレーの選び方
蚊やマダニ対策には、虫除けスプレー(Insect Repellent Spray)が有効です。CDC(米国疾病予防管理センター)は、ディート(*DEET)という成分が20~30%含まれるものを推奨していますが、日本の基準値(最高12%)に比べると極めて高い濃度ですから注意して使ってください。 *DEET: N,N-Diethyl-m-toluamide または N,N-Diethyl-3-methylbenzamideと書かれることもあります。 もともとは米軍がジャングル戦のために開発した薬剤だったそうで、用済み後も肌につけたままにしておくと、かぶれや痛みの原因になります。目や口に入ると、涙目や吐き気などの症状が起きます。近年は、ディートよりかぶれのおそれが低いピカリジン(Picaridin/Icaridin)という成分を含む虫除けスプレーが増えてきました。自然製剤でも、レモンユーカリ油(Lemon Eucaliptus)は有効です。 雑誌コンシューマーズレポートは、大がかりなテストをした上で、次の6スプレーを推薦しています。
最近は、香りで虫除けのブレスレットや、音で虫除けのスマホ・アプリまで登場してきていますが、下の動画によれば効果は期待薄です。虫除けキャンドルも、当てになりません。OFF! Clip-OnやThermaCELL Repellerなど携帯用の電気蚊取りはよく効きますが、虫除けスプレーほど頼りにはなりません。 ヤブカは昼行性ですから昼間は衣服や肌に虫除けスプレーを噴霧し、日没後はテント周りに虫除けランタンなど液体蚊取を置いて身を守るなど、アウトドア活動にはきめ細かい注意が必要です。 ===== できるだけ早く洗い落とす =====
虫除けスプレーは、使用説明書をよく読み、衣服にも十分な量を丁寧に吹き付けないと意味がありません。右の写真を参考になさってください。 お子様の場合には、長袖の上着を着せたり、ズボンをブーツや靴下の中にたくし込んだりして工夫し、肌に塗布する量を少しでも減らしてあげましょう。 お子様本人やお子様同士に任せず、大人が手のひらや目や口を避けて、丁寧に塗ってあげなければいけません。 そのほか特に留意したい点は、 1. 衣服へ塗る場合、内側(皮膚に直接触れる部分)には塗布しない。 2. 長時間、肌に塗ったままにしない。子供約4時間、大人約8時間以内が目安。さらに長時間にわたって使用する場合は、薄く塗るかまたは低濃度のものを使用する。 3. 帰宅後は、石鹸などを使い速やかに洗い落とす。 4. 日焼け止め併用の場合は、日焼け止めを最初に塗りその上に虫除け剤を塗る。 5. 一般論として妊婦の使用は薦められない。 特にマダニ対策 スプレーのほかにマダニ対策として、特にお願いしたいのは、 1. 自宅の庭でも、子供を遊ばせるには茂みのない広い場所が必要。草木には防虫剤や毒餌を散布する。シカが出る場合は、シカが好む草木を抜き侵入防止柵を設ける。 2. マダニがいそうな場所に出かける際には、マダニが付着しても発見しやすい「色の薄い着衣」をする。ズボンは靴下の中にたくし込み(ヘビ対策とは矛盾)、山歩きは、できるだけ茂みや樹木から離れ道の真ん中を歩く。 3. 一部のダニは靴を這い上がり靴下の中にも侵入してくるので、帰宅後は足先やくるぶしにダニがついていないかチェックする。特にローンスターマダニの生息地では注意。 4. 自宅の庭仕事も含め、アウトドア活動した日には、帰宅後にシャワーし、本人の身体はもちろん、子供の身体をもくまなく調べる。特に重要な箇所は、わきの下、耳の内外、へその中、ひざの裏、髪の毛の中と生え際、股間、ウェスト周り。 |