美味しくて安全・安心な肉の焼き方 ★重症患者の6割は肉に多い菌に感染 ★調理器具は使い回ししない! ★低温殺菌で生の鶏肉の味わい ★ステーキの美味しい焼き加減 ★100%ビーフ・ハンバーグ ★ハムと生ハム ★ローストビーフの部位別調理法 いつも言うことですが、日本人にしてもアメリカ人にしても世界共通と信じていることが、実はそれぞれの国の特殊な決まりや習慣だったりすることがあります。日本の厚生労働省によれば、2017年の1年間に発生した食中毒は1,014件で、患者数は16,464人、うち3人が亡くなったのだそうです。日本の統計は「報告ベース」で、医者にかからなかった発症者の人数を反映していませんが、アメリカの場合はCDC(米国疾病予防管理センター)の「推定ベース」で、年間に4780万人が食中毒を発症し、12万8千人が入院し3千人が死亡していると警告しています。国民一人につき、6年に1回も食あたりしている勘定です。 日本と比べると実に千倍以上の割合の患者数ですから、いったいアメリカは大丈夫かと心配になりますが、食中毒の統計手法は各国マチマチで、中でも日米が両極端の数字を発表しており、比較しても意味がありません。日本は、昭和20~30年代の食中毒が日常茶飯事だった時代から統計手法を変えていないのでしょう。 一方のアメリカの統計には、「31種の病原体による食中毒」のほかに化学物質やキノコほかの毒、未知の細菌感染などによる「原因不明の胃腸炎」の推計値が8割も加算されています。しかし、本当に「原因不明の胃腸炎」が「原因が分かっている胃腸炎(31種の病原体による食中毒)」の4倍もあったら、アメリカばかりか世界の保健行政をゆるがす大事件です。私はCDCの統計を扱っているNCBI(国立生物工学情報センター)の説明を繰返し読んでみましたが、結局、納得できませんでした。アメリカの医療水準は少なくとも他の先進国並みで、年間に3840万人も発症する「原因不明の胃腸炎」が、未解明の謎として放置されるはずがないからです。 ===== 重症患者の6割は肉に多い菌に感染 ===== というわけで、この記事では「原因不明の胃腸炎」については深く詮索せず、「31種の病原体による食中毒」についてご説明します。CDCは、アメリカで年間に939万人が「31種の病原体による食中毒」を発症し、うち5万6千人が入院して1千4百人が死亡すると推定しています。 内訳(抜粋)は下表の通りですが、ざっと見たところでは基準年が分かりませんでした。CDCのサイトに掲載されたのは2016年、注書きには2006年の人口をもとに算出したとありました。
⁺エルシニア・エンテロテロコリチカ ⁺⁺ビブリオ・バルニフィカス *その他16種病原体: ボツリヌス菌、ブルセラ菌、セレウス菌、毒素原性大腸菌、その他下痢原性大腸菌、ウシ型結核菌(マイコバクテリア・ボビス)、チフス菌、パラチフス菌、化膿レンサ球菌、ランブル鞭毛虫(ジアルジア)、旋毛虫(トリキネラ)、アストロウィルス、A型肝炎ウィルス、ロタウイルス、サポウイルス ノロウイルスなど一部を除き、病原体ごとの推定患者数は、それぞれの病原体を検出した確認症例数に、一般的に医者が細菌検査をする確率や、細菌検出後に当局に報告する確率を、逆算して割り出します。その数字から海外旅行で感染した確率を割引き、さらに食事が原因で感染した確率をかけて、国内発生の食中毒による患者数を推定。それに推定入院率と推定死亡率をかけ、入院患者数と死亡者数を推計しています。 ===== 調理器具は使い回ししない! ===== 総患者数では、ノロウイルスがアメリカの食中毒の原因別トップです。ノロウイルスの総患者数は年間に約2千万人ですが、そのうち4人に3人は主に冬にヒト-ヒト感染で流行するいわゆる「ストマック・フルー(お腹に来る風邪)」の患者です。残りが食中毒患者で、それだけで食中毒の原因の58%を占めますが、ノロウイルスは5歳以下の幼児や65歳以上の高齢者ら免疫力の低い人々を除き、重症化する心配はありません。 それよりも、重症患者の数では、非チフス性サルモネラ菌、カンピロバクター菌、O157ほかの病原性大腸菌(腸管出血性大腸菌)、ウェルシュ菌の4種が、アメリカの食中毒による入院患者全体の約6割を占め、より怖ろしい病原体の一群です。これらは、市販のあらゆる肉に高い確率で付着している菌で、アメリカでは家庭で肉料理を楽しむ機会が多いだけに、私たち日本人も調理に万全の注意を払う必要があります。 特にカンピロバクター菌と鳥類の関係は密接ですから、大半の鶏肉にはカンピロバクター菌が付着していると覚悟してかからなければなりません。基本は肉を生や生焼きで食べないことですが、生肉に触れた手や、包丁やまな板などの調理器具がほかの食材に触れないよう手は洗い、生肉を扱った調理器具は野菜などの調理に使い回ししないように気をつけましょう。 そのためにも生肉はしっかり洗った方がよいと思い込んでましたが、最近は生肉に付着した病原菌が流し台の周りに飛び散らないよう逆に肉は洗ってはいけないという説が主流になってきています。私たちがご紹介したe-レシピの中にも、まず生肉を洗う手順で始まるレシピが少なくないように思われます。その都度気がつくごとに記述を訂正しますが、すぐには全てを訂正できないのでご容赦ください。 ===== 低温殺菌で生の鶏肉の味わい ===== 2011年8月にご案内したスリーミニッツ・チキン(写真)のレシピは、既に訂正済みです。生では危ない鶏肉を軽くゆで、湯につけたまま冷めるまで待って殺菌し、生と変わらない刺身風のアレンジで美味しく召し上がる…いわば低温殺菌で、ビールのおつまみに最高です。病原菌も、ヒトの細胞と同じタンパク質でできていますから、大半はヒトの体温に近い30~40℃前後で活発に繁殖し、60~70℃でタンパク質の熱変性により死滅します。 病原菌が死滅する温度と所要時間は研究機関によりマチマチですが、東京都衛生局の実験では、O157について70℃(158℉)で30秒以内、65℃(149℉)で3分以内、60℃(140℉)で10分以内に死滅するという結果を得ています。ただし、ノロウイルスは細菌ではないので、死滅させるには85~90℃で、90秒以上加熱する必要があります。 ===== ステーキの美味しい焼き加減 ===== 食用の肉も2割前後がタンパク質ですから、60~70℃で熱変性します。65℃近くで加熱すると、肉が収縮し肉汁が出てジューシーになりますが、65℃以上で加熱を続けると弾力を増し次第に硬くなってきます。つまり、病原菌をしっかり殺菌する一方で生肉の柔らかさを失わせない温度調節が、ステーキやハンバーグを美味しく焼く極意というわけです。 ちなみに、75℃を超えると肉はコラーゲンのゼラチン化により再び柔らかくなっていきますから、肉のもともと硬い部位はグツグツ煮てシチューにしたり、バーベキューでじっくり低温で焼いて食べたりするのがお勧めです。 下の動画は、バーベキューグリルでステーキを上手に焼く極意です。@火が起きた炭をグリルの片側に並べ、A塩コショウした牛肉の両面を直火で焼いて焦げ目をつける。B直火から外して(ミディアムレアなら)内部温度が135℉(57℃)になるまで熱し、C火から下ろしてアルミホイルに包んで5分間置き、出来上がりです。 火から下ろしアルミホイルに包んで寝かしておく5分間は、ステーキに肉汁を満たして美味しくする重要な調理時間ですが、殺菌目的においても貴重な時間で、その間に肉の内部温度は5℃くらい上がっているはずです。 上の動画とは温度が微妙に違いますが、テキサスのスーパーチェーンH-E-Bのサイトには、牛肉の部位別の焼き方が表にまとめられていました。やはり、肉を切る前に、火から下ろして(アルミホイルに包むことなく)2分間寝かしておくよう勧めています。
===== 100%ビーフ・ハンバーグ ===== 日本のハンバーグのレシピは、牛豚合い挽きの挽き肉と、タマネギやつなぎの卵やパン粉らを練ってこね、いったんフライパンで両面を焼いてから、念入りにフタをして蒸し焼きにするスタイルが主流で、肉によく火が通り食中毒の心配はまずありません。 しかし、アメリカのハンバーグは基本的にビーフ100%の挽き肉の塊です。肉汁たっぷりで食べたくて、ついつい中まで火が通っていない生焼けのハンバーグを食べ、食中毒を起こす人々が絶えません。そこで、CDCは肉の種類別に、安全な調理温度(肉の内部温度)を守るよう米国民に呼び掛けています。牛挽き肉の場合は、一般向けに160℉(71℃)。レストランなどプロのシェフに対しては別に、155℉(68℃)で15秒以上と少し緩やかな基準を設けています。
===== ハムと生ハム ===== アメリカのスーパーには、豚の尻やももの形のままのハムが売られていますが、大半は塩漬けした上で加熱や燻製された調理済みのハムで、そのまま切って食べても大丈夫です。オーブンで焼くのは美味しく食べるためで、ラベルに焼き方レシピがあっても、どこかに"Cooked Ham"と書いてあれば問題ありません。 でも、生ハムは加熱処理されていません。伊藤ハムのホームページには、「加熱するとより塩辛く、肉がしまって食感がかたくなり特有の風味がそこなわれます」とありますから、CDCには逆らうことになりますが、衛生状態を信じて食べるしかないでしょう。 ===== ローストビーフの部位別調理法 ===== 私たちのe-レシピでは、2012年12月に、TBSのはなまるマーケットで紹介された和風薄切りローストビーフ(写真)のレシピを転載しましたが、この調理法も「美味しくて安心・安全な肉の焼き方」の理論にかなっています。調味料に浸けた牛もも肉の塊(500g)をジップロックに封入して、あらかじめ80℃のお湯を注いでおいた炊飯器に入れ、炊飯器を保温にセットし40分待つ…というレシピでした。 今回あらためて調べたところ、大半の炊飯器の保温には低めから高めまで2~3の設定があり、低めは60℃、高めは73℃にセットしているメーカーが多いそうです。わが家の炊飯器は米国仕様の小型なので温度設定は変えられないと思い込んでいましたが、あらためて使用説明書を読むと、メニューボタンをいじれば高めの設定に変更できると書いてあるので驚きました。 つまり、私たちは、60℃以下に下がらないよう保温した80℃のお湯に、牛もも肉の塊を40分浸けて、ジューシーなローストビーフを作ったわけです。牛もも肉はサーロインに比べると少し硬いので、ローストビーフ用に買うなら比較的柔らかいトップ・ラウンド(内もも肉)がお勧めです。 アメリカ式に3ポンド(1.36kg)のサーロインをオーブンで焼くなら、庫内温度325℉(165℃)で45~60分焼き、ミディアムなら肉の内部温度が150℉(66℃)となったのを確認し、アルミフォイルに包み10分寝かします。4ポンド(1.81kg)の骨付きリブアイをオーブンで焼くなら、庫内温度500℉(260℃)で20分焼いた後、庫内温度を325℉(165℃)に下げ引続き1.5~2時間焼き、肉の内部温度が145℉(63℃)となったら出来上がり。 ところが、同じ3ポンド(1.36kg)のアイ・オブ・ラウンド(牛外もも肉)をオーブンで焼く場合は、庫内温度375℉(190℃)で1時間(1ポンドにつき20分)焼き、アルミフォイルに軽く包んで15~20分寝かすとあり、焼き加減がかなり違います。味は濃いが硬めの外もも肉は、コラーゲンがゼラチン化する75℃以上に加熱した方が柔らかく美味しくなるのでしょう。 同じく味が濃いチャック(牛肩肉)はスロークッカーで時間をかけて焼く人が多いようです。スロークッカーの温度設定も決まってはいませんが、たいていはローが200℉でハイが300℉前後。4ポンドの肉の場合、予め両面を4分ずつ焼いた後、スロークッカーをローにセットして、8~10時間焼きます。 |