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ミシガン州フリントの水道水汚染

★GM発祥の地の没落と非常事態 ★フリント川の予備水源 大腸菌とトリハロメタン(発がん物質)  

★高濃度の鉛分 ★レジオネラ菌 水質回復宣言(2018年)


 この記事は、当初2016年2月にe-ニュースに掲載したものですが、未だに住民が納得する解決には至っていないので、2018年7月現在の最新の状況を書き加えて転載しました。

===== ≪ GM発祥の地の没落と非常事態 ≫ =====

 アメ車トップメーカーGM(ゼネラルモーターズ)発祥の地ミシガン州フリントで、2014年4月から安全と偽って、汚染されて危険な水道水が家庭に供給されていました。関係者は事実を隠蔽し続けましたが、2015年11月の選挙で替わった新市長が州政府や連邦政府に直接働きかけ、全米が注目する大事件に発展しました。2016年1月16日にはオバマ大統領が非常事態を宣言し、国土安全保障省のFEMA(緊急事態管理庁)が直々に住民の救済に乗り出しています(写真…雪の中を無料で支給されるボトルウォーターを持ち帰る子供たち)。

 水俣病にしてもイタイイタイ病にしても、水にかかわる公害といえば一般に、川や海に流れ込んだ工場や鉱山の排水で汚染された井戸水や、魚や農作物を飲んだり食べたりして起きる間接被害を思い浮かべます。しかし、今回は住民が直接口にする水道水に高濃度の鉛分やレジオネラ菌が含まれていたのですから、常軌を逸しています。しかも、行政が住民の健康をないがしろにして失政を隠蔽しようと画策していたのですから、言語両断で犯罪のそしりを免れません。

===== ≪ フリント川の予備水源 ≫ =====

 フリントはデトロイトから北西に約100km、車で1時間の場所にあります。GMが8万人の工員を雇用していた1960年代には人口20万人でミシガン州第2位の都市でしたが、日米自動車摩擦の80年代以降没落の一途をたどり、今や10万人を切る貧しい市になってしまいました。

 2008年のリーマンショック以降ミシガン州では財政破たんする市が相次ぎましたが、フリントも2011年に新任の州知事が任命した州の管財人の下で財政再建を図ることになります。その目玉が、上水道の水源の切替プロジェクトでした。

 それまでフリントは50年にわたりデトロイトから水を買っていました。しかし、大半の工場が閉鎖し人口も減った今、ヒューロン湖から独自に水を引く方が安上がりだと試算したからです。

 長年の顧客を失うデトロイトは計画に猛反対しましたが、フリントは全く聞く耳を持ちません。フリントの言い分はデトロイト水道局の1割の水を買うのに2割の金を払っているで、デトロイトの言い分はフリントの給水管は古く水の4割が漏れ出て失われている…ケンカ別れの末に、以前の給水契約は2014年4月に打ち切られてしまいました。

 総額3億ドルの新パイプライン建設プロジェクトはその5ヶ月前(2013年12月)に始まっていましたが、完成予定は2年後(2016年6月)。そこで浄水場を改良し、しばらくフリント川の予備水源を飲用に使おうとしたのが大惨事の発端でした。

===== ≪ 大腸菌とトリハロメタン(発がん物質) ≫ =====

 住民は異変にすぐ気づきました。無色で無味無臭のはずの水道水がオレンジ色ににごり、異臭がして変な味がします。洗顔したら目が焼け、入浴したら皮膚に発疹ができます。しかし、市長はテレビ出演して水道水を飲んでみせ、ツイッターにも書き込んで住民に安全性をアピールしました。

 2014年8月に基準を超える大腸菌が検出されると、市は住民に水道水は煮沸して飲むよう勧告する一方で、浄水場の殺菌工程で塩素の注入量を増やしました。その結果、塩素の副産物で発がん性のあるトリハロメタンの含有量が増えた可能性があります。

 10月には車が腐食するのでGM工場がフリントの水道水の使用を取り止めました。

 翌2015年(昨年)1月には、デトロイト水道局が好条件で再利用を呼びかけましたが、フリントは住民の健康に切迫した脅威はない…騒ぎは説明不足によるものとして断ります。

 3月にはフリントの市議会が、トリハロメタンの基準違反を理由にデトロイト水道局の再利用を決議しましたが、州の管財人はフリントの水道水は安全と断言して許可しませんでした。

===== ≪ 高濃度の鉛分 ≫ =====

 フリントに最初の水道設備ができたのは1917年…実に100年も前のことですが、今も大半の家庭向け給水管は当時のままで、安上がりで加工しやすい鉛が使用されています。

 2015年8月までに第三者の複数調査でフリントの水には高濃度の鉛分が含まれていることが判明し、9月には子供たちの血中鉛分濃度も急上昇していたことが分っていました。それでも市は、データを偽った報告を州に提出し、行政ミスの隠蔽を図りました。

 鉛分濃度の低減は全米の他の都市にも世界的にも共通の課題ですが、フリントの場合は、浄水場の殺菌工程で鉛対策に有効な化学成分オルトリン酸の添加を怠り、過剰な塩素を投入して老化した鉛管の腐食が一気に進んだものと考えられています。

 10月には、デトロイト水道局の水が再供給され殺菌工程にオルトリン酸が添加されるようになりましたが、すぐには解決しません。安全な水道水には戻るには半年かかると予想されました。

 11月の市長選挙の争点は、住民の健康(水道水の安全性)と市の財政でした。当選した新市長は、ただちに非常事態を宣言します。2016年1月には州政府と連邦政府の非常事態宣言も得て、住民は前市長や州知事を含む地方官僚に対して訴訟を起こし、FBIも刑事事件として捜査を始めました。鉛毒で治療が必要な子供たちの数は6~12千人で、後遺症として知能低下や神経障害が懸念されています。連邦政府は8千万ドルの緊急対策費を用立てましたが、水道設備の更新などを合わせれば復旧に天文学的な費用がかかると懸念されました。

===== ≪ レジオネラ菌 ≫ =====

 同じく2016年1月には、フリント川の水源が飲用に使われ始めてから住民87名がレジオネラ症にかかり、うち10名が死亡していたことが判明しました。レジオネラ症は劇症肺炎を起こすこともあるレジオネラ菌感染症の総称で、日本では入浴設備や集合住宅の給水設備などのぬめりが主な感染源です。

 レジオネラ菌は水辺や土壌の中にいくらでもいます。普通は浄水場のろ過工程で微生物によって分解され除去されてしまうのですが、フリントでは浄水場で塩素を過剰に投入して、レジオネラ菌を分解する善玉の微生物まで殺してしまった結果だと考えられています。皮肉なことにレジオネラ菌は塩素に対して滅法強く、化学的な殺菌工程を生き延びてしまったというのです。

===== ≪ 水質回復宣言(2018年) ≫ =====

 計4億5千万ドルに及ぶ州と連邦政府の支援の下、フリントの水道水に含まれる鉛分は、2016年末に環境保護庁の安全基準以下の濃度に回復しました。しかし、家庭向けの鉛製給水管の付け替え工事は、2017年末までに約2万4千戸のうち1/3の約6千戸分が終わったところで、戸別にみるとまだ鉛分濃度の高い家も残っています。

 そうした状況下、州は2018年4月に水質の回復を宣言し、併せて無料ボトルウォーターの提供サービスを打ち切ると発表。住民は在庫のボトルウォーターを求めてサービスセンターに殺到し、再び大騒ぎになりました。結局、市長に依頼されたネッスルがボトルウォーター160万本を寄付し、当面、無料提供は夏の終わりのレイバーデーまで続くことになっています。

 州は浄水フィルターの無料配布を継続しており、フィルターさえ使えば鉛害の心配はないと言っていますが、何度もだまされたフリントの住民は州政府の説明を信用していません。フリントは、デトロイト水道局と30年契約を交わす一方で、自ら計画した新水源との縁も切れず、破綻した財政の一層の重荷と化しています。